自然や動物をモチーフに織り込んだ、イランの遊牧民の伝統工芸『ギャッベ』。
ごつごつとした地面の上でも家族が快適に過ごせるようにと、イランの女性たちが一つ一つ手仕事で作り上げている敷物はすべて一点物。ふたつとして同じ仕事はありません。
毎年秋になると、国立の小さなお店兼工房『キャビール』に、新しいギャッベが届きます。
イラン出身のご主人、アバザリさんが大量に仕入れてくるギャッベを検品し、一つ一つメンテナンスを施すのは、キャビール代表の奥野ゆきさんをはじめとする女性スタッフたちの仕事です。
「2006年に夫婦でこの店をはじめたときは、ギャッベのことを知らない人も多かったんです。それが最近では、敷物という“モノ”としてだけではなく、背景にある“物語”も含めて『ギャッベが好き』だと言ってくださる方が増えているのが嬉しいですね」と、奥野さん。
丁寧なメンテナンスから、店頭販売、ネット販売まで、すべて手作業で行っているキャビール。「質が良くて、安くて、可愛い」ギャッベを生み出す、笑い声の絶えない小さなお店に伺いました。
住宅街の路地裏に、まるで山小屋のようにひっそりたたずむお店、キャビール。芝生の小道を歩いて扉を開けると、スタッフの明るい笑顔が招き入れてくれます。
お店の中には、目移りしてしまうほどのギャッベがずらり。キャビールではネット通販も行っていますが、お店にしかない図柄のものや、実物も見てみたいと、遠方から車で訪れるお客様も多いそうです。
「わざわざ遠くから来てくださる方、新築や出産など人生の節目にギャッベを選ばれる方も多いので、お店ではじっくり選んでいただけたらと思っています。すべて一点もので同じ図柄はないので、お客様の『広げて見てみたい』を断ることはありません」
10年ほど前と比べると、ギャッベのストーリー性のある図柄やずっと使える丈夫さは広く知られるようになり、テレビで取り上げられたり、百貨店で催事を行われることも増えています。
そんななかで、キャビールならではのギャッベの特徴を伺うと……
「お客様には、ほかのお店よりも“安いし、可愛い”とよく言われます」とのこと。もともと奥野さんのお父さまの工房だったキャビールは、月々の家賃がないため、品物の値段も安く抑えられているよう。
一日に何組か訪れるお客様の対応をしながら、合間にギャッベのメンテナンスを行うのも、スタッフの大切な仕事です。
実は、イランから届いたばかりのギャッベには、日本で使用するには毛足が長くごわごわしていたり、図柄が埋もれて見えづらくなっていたりするものもよくあるそうです。それを「もっとも可愛く見える状態」になるように、スタッフたちはハサミや針と糸などを使って整えていきます。
「このデザイン、すごく素敵」「こうしたらもっと可愛くなりそう」「いや、こうしたほうがより良さが引き立ちそう」……
そんな相談を重ねながら、状態に合わせたメンテナンスを施していく作業は、とても地道なもの。
でも、「自分たちのアイデアや手作業でどんどん品質が良くなっていくので、すごく面白いですよ。みんなでたわいもない話をしながら手を動かしている時間が、一番好きなんです」と、小金井市在住のスタッフ“なべさん”は話します。
「私は手芸が苦手で、ここで働くまでは針仕事なんてしたことがなくて。でも、作業に慣れるに従って、ハサミも思い切って入れられるようになりました。丁寧すぎるより、むしろざっくばらんな人のほうが向いているかもしれません」と話すのは、国立在住のスタッフ“あゆみさん”。
分厚い布を縫い合わせたり、梱包作業をしたり、一番大きな3m×2mのものでおよそ40kgにもなるギャッベを二人がかりで出し入れしたり。お店に流れているのどかな雰囲気とは裏腹に、スタッフたちは常に身体を動かしています。
「ここで働くのは、良い運動になると思います。ただ、腰痛持ちの人には向かないかな」と奥野さんは笑います。
「キャビールの仕事は、自分たちの手で『一番可愛くなった』と思える状態まで仕上げたギャッベを、お客様に心ゆくまで選んでもらうこと。メンテナンス作業、接客、梱包作業などの仕事の中から、自分の得意なことを見つけてもらえたら嬉しいです」
お客様が喜ぶことを第一に考えながら、自分で手がけたギャッベを心から可愛いと思ったり、得意なことを見つけて仕事を楽しんだり。その気持ちが伝わってくるからこそ、キャビールのギャッベには、プレゼントのような特別感があるのですね。
「この店は昔、桐だんす職人だった父の工房でした。子どもの頃に見た、ここで仕事に打ち込む父の背中を今でも覚えています。2006年に夫のアバザリと一緒に工房をリノベーションしてキャビールを立ち上げたばかりの頃、ひとりでギャッベのメンテナンスをしながら、ふと『父と同じ場所で、同じことをしている』と思ったんです」
奥野さんのご両親は現在、長野県伊那市の山奥にログハウスを建て、移住しているそう。キャビールの安定した品質の高さは、「実は、職人気質なんです」と笑う奥野さんの、父ゆずりの職人魂が支えているのかもしれません。
世間では「ギャッベは100年持つ」と言われていますが、その売り文句にはわけがあるそうです。
「はじめてギャッベを輸入した人が、たまたまイランで出会った品が、壁に掛けられたままの状態で100年経っていたことから、“100年持つ”が売り文句として使われるようになったそうです。でも、実際に敷物として使う場合は、メンテナンスをし続けない限りそんなには持たないですよね」と奥野さん。
けれども、何十年使ってもヘタらない丈夫さも、ギャッベの価値のひとつ。
「もともと地面に直接敷くように作られたものですから、すぐぺちゃんこになってしまう化繊のカーペットとは明らかに違います。それに、ウール100%で草木染めなので、全く自然派ではない私でも、自分の子どもにとって安全かどうかを考えたとき、改めて“ギャッベはいいものだ”と実感したんです」と、奥野さん。
イランの女性たちの手仕事を、キャビールの女性たちが引き継いで、日本の暮らしに合わせた丁寧なメンテナンスを施していく。
その様子を眺めていると「もしかしたら、イランの女性たちもこんなふうに笑い合いながらギャッベを織っているのかもしれない」と思えてきます。
知れば知るほど、触れるほど、使うほどに深まるギャッベの魅力。すべて手作りのお店兼工房から、ともに伝えていきませんか?
東京都国立市中3-7-42