東京・国立の南側には、住宅街の合間に畑や田んぼが残る、のどかな風景が広がっています。
高齢化、担い手不足、土地の相続など、さまざまな理由から全国的に農地は減りつつあります。そんな中、国立に残る農地を活用しながら、コミュニティ農園『くにたちはたけんぼ』や、『放課後クラブニコニコ』など、幅広い体験事業や子育て事業に取り組む『NPO法人くにたち農園の会』を知っていますか?
2024年に2代目理事長に就任した、武藤芳暉(むとう・よしき)さんにお話を伺いました。
くにたち農園の会と出会ったのは、“人生につまづいていた”時期でした。
少しだけ自分の話をさせてください。中学生の頃から、当時学校に通えていなかった妹の話し相手や母親の相談によく乗っていました。家族の調子が良い時は自分も調子が良かったのですが、家族の調子が良くない自分も調子が出ず、学校には通っていたものの遅刻ばかり。大学生の頃、新卒一括採用の時期に就職活動がどうしてもできなくて、そこで人生につまづいてしまったんです。
心身ともに落ち込みましたが、何か人の役に立つことがしたいと思い、東日本大震災で被災した陸前高田市へボランティアに行きました。思い立ってから応募するまで2〜3ヶ月かかりましたが、それが社会に出る大きな一歩になりました。
仕事ではなく、ボランティアという形で小さな成功体験を積み重ねていた頃、友人から国立で立ち上がったばかりのコミュニティ農園『くにたちはたけんぼ』に誘われました。同時期に、山梨県都留市で活動しているNPOの田んぼのお手伝いにも参加して、人生で初めて田んぼに入り、「田んぼって気持ちいいな、結構好きかも」と感じたことを覚えています。
その時は、将来ここで田んぼの仕事をすることになるなんて、全く思いもしなかったですね。(笑)
『くにたちはたけんぼ』は、子どもから大人まで誰でも参加できて、どんな風にも過ごせます。畑で作業をしてもいいし、何もせずにのんびりしてもいい。当時の自分は、砂や土を詰めた土囊(どのう)袋で作るアースパックハウス作りを手伝ったり、畑のそばでBBQをしながらお酒を飲んで過ごしました。楽しく、いい思い出がたくさんあります。
仕事もはじめました。週4日ほど、小学生が放課後にはたけんぼで過ごす『放課後クラブ ニコニコ』や、国立市内の野菜直売所で働き、風呂なしアパートで暮らす。そんな20代中盤を過ごしていた頃に、はたけんぼやニコニコを運営していた任意団体『くにたち市民協働型農園の会』をNPO法人化することが決まりました。それまでは「都市農地」や「子育て」などのテーマを軸に、個人が集まって自主的に活動していたのですが、みんなで話し合って『NPO法人くにたち農園の会』を立ち上げ、法人として活動していくことになったのです。
立ち上げの際に、活動に参画していた自分も誘っていただき、NPO法人の役員になりました。当時は役員がどういうものなのかよくわからなかったのですが、気が引き締まりました。地域の中でも、はたけんぼの活動を3年続けてきたことで、僕らの活動に対する本気度が伝わりはじめたタイミングでもあったと思います。
当時、理事長を務めていた小野淳(おの・あつし)さんは、農地が子どもたちの遊び場をはじめ、さまざまな使われ方をする多様な場になっていくことが、結果として都市に農地を残していくことにつながるのではないかと考えていました。自分自身も、農地をもっといろんな人が参加できる、地域に開かれた公共の場にすることで、農地を残していけるのではないかと考えています。
2016年12月にNPO法人の役員になってからも、「農のある暮らしを身近にしていく」というテーマに、楽しく、そして本気で取り組んでいきました。
中でも大きなことは、2017年から国立の田んぼを新たに借り受け、親子で参加できる「田んぼ体験」事業を拡大させたことです。現在一人あたり年間12000円ほどの「親子田んぼ体験」はとても好評で、東京都内だけでなく隣接する県からも体験に来てくれる人が増えました。
田んぼ体験に来てくれた人には、「ここでやってダメなことは何にもないです!」と最初に伝えています。きっかけや目的はさまざまですが、ここに来ると大人も子どもも自由に羽を伸ばすことができます。大きな声を出しても、走り回ってもいいし、子どもが自由に振る舞うのを、大人は気にかけすぎなくていい。これまでは大人に構われたくて大きな声を出していた子が、大声を出さずにより自分らしく振る舞うようになったりもします。
農園の会では、0歳児から義務教育を終えるまで、農のある暮らしを体験できるさまざまな事業を行っています。
裸足になって、寝っ転がって、美味しい作物をいただいて。畑や田んぼは、20代の頃の自分をいつも包み込んでくれる居場所でした。当時の自分と同じように、「体験」をきっかけに田んぼや畑が自分の「居場所」になる人が増え、さらに口コミでどんどん広がっていきました。
2023年、前代表の小野さんが「農園の会の理事長は、現役の子育て世代に任せたい」という、退任する意向をNPO総会にて発表しました。自分が子育て世代でありながら、30代前半で理事長という責任・役割を担うことに、正直非常に迷いましたが、2024年、立候補という形で2代目理事長に就任しました。
自分にとって田んぼや畑が大切な場所になったように、多くの人にとって農地が暮らしに身近な場所になっていくといいと思っています。「農地を残したほうがいい」と頭では考えても、結局は体験しなければ自分の中には広がりません。五感でする「体験」って情報量が豊かです。その時はわからなくても、後になってふとわかることもあります。
毎日、田んぼで作業をしていると、「調和」について考えさせられます。
大雨が降ったり、台風がきたりと、自然の中では人間にとって理不尽なことがたくさん起こります。でも、思い通りにコントロールできることなんて世の中にはないし、しなくてもいいと思っています。
もっと全体を見渡すと、目の前で起きることは良くも悪くも大事なことで、実はすべてが調和しているんだと思っています。もちろん悟っているわけでもないので、しんどく感じる時もありますが、それでもその経験が後々良かったと思える瞬間やその次につながっていたりします。
農園の会に関わり始めた当時、実はもっと田舎に行って自給自足しながら暮らそうと考えていました。でも、初めてここに来て、入り口の砂利道を歩いた時、「東京の真ん中で、田畑という資源を循環させながら、子どもたちがおおらかに育っていく」、そんな未来のビジョンがふっと頭の中に浮かんだんです。
そのビジョンに惹かれ続けて、気づけば理事長になっていました。
農地という空間を様々な形で活用し、再認識することで、農地を残していくことにつなげていきたいです。そして、次世代を担う子どもたちが豊かにたくましく育っていってほしいと願っています。
東京の真ん中でも実現できるような仕組みやノウハウを、農園の会のみんなで作ってきました。それをもっと全国の団体にも伝えられたら、全国に農地をよりよい形で残し、子どもたちにとっても大人にとっても豊かな環境を残すことができるはず。それが、農園の会の今後の役目の一つでもあると思っています。
東京都国立市谷保5119 やぼろじ内