国立の南側、谷保エリアにある『西野製畳店』が、地域の居場所に生まれ変わったのは2020年のこと。
学校やNPOでソーシャルワーカーとして活動をしている日下竹彦(くさか・たけひこ)さんが、廃業してしばらく空き家になっていた店舗を再生し、土間と小上がりのある駄菓子屋を開いたりするうちに、やがて人が集まる「おばあちゃん家」のようになっていきました。
「『谷保のネオおばあちゃん家』は、子どもの頃に過ごした、おばあちゃん家の思い出が原点になっています。近所の人がふらっと来てお茶をしたり、おばあちゃんが編み物教室をしている横で、おじさんたちがお酒を飲み始めたり。そこに行くといつも誰かがいて、みんな自分の家のように自由にくつろいでいる。その『自由さ』ってどこからきているんだろう? どうしたら自分の家のように『自分ごと』でこの場所を活用してもらえるだろう? いつも考えながら、この場所を開いています」
駄菓子屋、文房具屋、似顔絵屋さん、茶道教室、演奏会などなど……子どもや大人がふらりと訪れて日常を過ごすだけでなく、おばあちゃんの編み物教室のように、ネオおばあちゃん家ではさまざまな催しも行われています。それらを主催するのは、ネオおばあちゃん家のお客さんたちです。
日下さんはスクールソーシャルワーカーの仕事のほか、地域の市民活動支援や、児童館などで子どもたちにインタビューをして困りごとを聞き取り行政などに伝える『こどもの意見表明等支援員』としても活動しています。
「子どもたちに学校や家庭で困っていることを教えてもらう場を設けたとしても、そこではあまり話してくれない、困っていない・大丈夫となるケースが多いです。表面化してからでないと支援が介入できない。だからこそ、普段から子どもたちとつながれる、ゆるやかに開かれた場所が地域には必要なんじゃないかと思っています」
日下さんが目指すのは、「地域の中で、全ての子どもが自由に、自分らしい表現ができること」。
「ネオおばあちゃん家が、子どもの居場所としてだけでなく、大人も含めた全ての人が自由に過ごせる場所になれたらいいと思っています」
子どもたちにとって、学校以外の昼間の居場所はまだまだ少ないと言われています。フリースクールとしての側面も持つネオおばあちゃん家で、居場所を作るさまざまな取り組みが生まれるよう、日下さんは2024年度中にこの活動を法人化し、持続可能な運営を推進していこうと考えています。
「一般社団法人を立ち上げても、ネオおばあちゃん家のあり方は変わりません。ここに来る全ての人にとって、ここが自分の家のように思える仕掛けってなんだろう? それをずっと探求しているし、大人と子どもで一緒に考えていけたら嬉しいです。普段の暮らしがもっと面白くなるような、いろんな取り組みが生まれる“新しいおばあちゃん家”をみんなで作っていけたら」
『りんごのほっぺ科学あそび教室』主宰の井龍あい子さんは、もともとは小学校の教員をしていました。
「普段の暮らしと学校の勉強がもっとリンクすれば、両方がもっと楽しくなるはず。特に理科の実験は暮らしに結びついた内容のものが多いのに、いざ勉強となると、子どもたちが引いていく感じがありました。じゃあ、勉強じゃなくて、身近にあるものを使った『科学あそび』だったらどうだろう? 自分でもやってみたくてワクワクするな! そんな想いを、ネオおばあちゃん家で初めて会った日下さんに話したら、すぐに『やってみよう!』と言ってくれたんです」
ネオおばあちゃん家では「ミニ科学あそび教室」と「探究コース」を開催しています。「ミニ科学あそび教室」では身近なものを使った簡単な科学あそびを紹介。科学あそびが生活と結びついて、より身近に感じられるようになったらいいなと考えています。
「探究コース」では、理科の授業のようなカリキュラムはなく、参加する子どもたちが「やってみたい実験」を出し合って、みんなでやってみるという自由なスタイル。スライム作りや、ペットボトルロケット飛ばし、「虹色のチョコレートが食べたい」というアイデアが出た時は、光を7色に分ける「分光シート」を使って、チョコレートに写しながらみんなで食べたこともあります。
材料を揃えるところから自分たちで考えて取り組むので、成功はもちろん、失敗もいい学びになります。
「見切り発車で始めてみたら、次に何をしたらいいのか分からなくなり、反省して『手順の中で何が大切かを考えてから、実験を始めた方がいいことがわかった』という意見が出た時は、成長したなーとしみじみ感動しました」
ネオおばあちゃん家は子どもたちだけでなく、井龍さんにとっても心地いい居場所になっています。
「言葉を必要としなくて、何もしなくてもずっといたくなるし、いれちゃう雰囲気です。子どもたちの中には、はじめは何かしなきゃ、話さなきゃという子もいるけど、ここでは頑張って何かしなくていいんだと徐々に気づいて、自分らしい表現ができるようになって行きます」
木村航大さんが初めてネオおばあちゃん家を訪れたのは、教育学部で情報教育やプログラミング教育を学んでいた大学生の頃。趣味で絵を描いていると話したら、日下さんに「似顔絵を描いてみたら?」と言われ、月1回の似顔絵屋さんを始めました。
その時に出会ったゲーム好きの中学生が「プログラミングを学んでみたい」と話していたことをきっかけに、親御さんと相談をして、プログラミング教室を開くことになりました。
「プログラミング教室では、こちらが一方的に何かを教えるのではなく、中学生の子がやりたいことや、興味があって取り組んでいることをサポートしています。マインクラフトでゲームを作って小学生に遊んでみてもらったり、ゲーム大会をしたり、その子が小学生の先生になって教えたりと、その場にいるみんなで作っていくのが、ネオおばあちゃん家のプログラミング教室です」
何もしなくてもいいし、何かがしたいと思えばやってみることができる。
全ての子どもが自由に過ごし、自由な表現ができるネオおばあちゃん家は、ここに集まる人たちの手で、ゆるやかに形作られていっています。
東京都国立市富士見台1-47-2