やぼな夜 第1話 ー旅路編ー

やぼな夜 第1話 ー旅路編ー

国立の夜は早く、“文教地区”としての成り立ちからも、夜の繁華街というイメージはあまりありません。けれども80~90年代頃には、音楽喫茶やおしゃれなバーに大人たちが集い、音大生と一橋大生が出会い、夜な夜な語り合う光景がありました。

一方で国立の南側の谷保(やぼ)地域には、古くから地元の人々に愛される飲み屋やスナックが、今でも存在しています。そこでは誰が集まり、何を語らい、どんな出会いが繰り広げられているのでしょう。その様子を探るべく、国立人編集部は夜へ繰り出します。やぼって、どんな場所?

夜の旅路へ

国立駅前で遊ぶことはあっても、夜の谷保ははじめて。国立駅ができるまでは、谷保が国立の中心だったと聞いたことがあります。そのためか、国立駅前に比べて、谷保にはスナックや昔ながらのお店が残っている気がしました。

谷保駅を出てすぐ、ひょうたん型のライトに書かれた『旅路』という名前に惹かれて、吸い寄せられるように入店。ここ15年、旅のような生活を送ってきたこともあり、「旅」の文字には惹かれるものがあるんです。

カラカラと戸を引くと、中には常連さんが二人 (一人はカウンター、一人は奥の桟敷に)。なぜか男の大将の店だと思っていたから、小さな女将が笑顔で出てきて、可愛い高い声で対応してくれたことに驚きました。笑い声は、林家パー子似。

まず、外の看板にも書かれていた日本酒の『澤乃井』と、壁の手書きメニューから肉豆腐を注文。肉豆腐は懐かしいお母さんの味がしました。いつもの常連さんより若い世代の人がやって来たことで、普段と異なる雰囲気に女将は喜んでいるように見えました。テレビの野球中継でカウンターにいる女将の声が聞こえづらかったけれど、「今日は良い日」って言っていたような。

奥の座敷に座っていたおじいちゃんが「ここは55年続いている店だ」と教えてくれたら、すかさず女将は「50年だよ! サバ読むんじゃねーよ!」と突然の毒舌。(笑) 後からわかるのですが、そのおじいちゃんは女将の旦那さんでした。

「あなたたち誰も生まれてないでしょ、生まれてたの私たちだけ、嫌になっちゃうねー!」と言う女将、可愛かったです。

やぼってどんな場所?

女将のアイコさんは北茨城出身で、東京に出てきてからは月島で飲み屋さんをしていたこともあったそう。「谷保の物件が空いてるから何かやらないか」というお誘いを受けて、じゃあ飲み屋をやろうと引っ越してきたのだそうです。

お兄さんが谷保でお寿司屋さんをしていて、その縁もあったといいます。

それまでアイコさんは谷保へ来たことはありませんでしたが、子ども3人と一緒に移り住み、2階で暮らしながら1階でお店をはじめました。「谷保へ来るまでにもほんとに色々あったのよ〜」というアイコさん、マジでどえらいことがありそうな感じがして、初回の訪問ではそれ以上なにも聞けませんでした。ただ、お店を一生懸命切り盛りして子どもたちを育てあげたのだろうなと想像し、母の強さを感じました。

話しているうちに1杯目の澤乃井は空になり、2杯目とソース焼きそばを注文。その間に、若い男性と、常連さんらしき女性が別々に入店し、カウンター席へ。私たちが座っていた桟敷席とカウンター席は、人ひとりが通れる通路分の距離しか離れておらず、私たちの話を聞いていた2人とは自然と会話が生まれます。男性はお店の近所に引っ越して来たばかりだそう。

話していると、常連の女性の前に『どぜう(どじょう)揚』が運ばれてきました。お皿の上でカリッと揚がったどぜう、すごく美味しそう! 盛り上がっていたら、「これがここの名物だよ」と教えてもらい、私たちもオーダーしました。

どぜう揚が運ばれてきました。初めて食べるどぜうは、臭みが全くなく、外はカリッと中はフワッと柔らかくて、名実ともに名物。常連さんいわくカウンターの中でさっきまで生きていたどぜうを揚げているそうで、鮮度の高さにも納得です。

ふと見上げると、壁の手書きのメニューに「インスタントラーメン」の文字が。「昔は土木作業の若いお兄ちゃんが多かったから始めたんだけど、最近は出ないから切らしてるの」とのこと。「でも、カップラーメンならあるわよ!」とのことで、なぜか締めのカップ麺をいただくことに。

「アイコさん、やぼってどんなところ?」と尋ねると、即「田舎」と返って来ました。谷保は、今でこそ綺麗めな住宅街だけど、昔は畑も多くて「谷保村(やぼむら)」と呼ばれていたくらいなので、みんなが顔見知りで田舎的なつながりがあるところだったのかな、と想像が膨らみます。

懐かしさと曖昧さと貪欲さ

『旅路』で感じたことは、懐かしさと曖昧さと貪欲さでした。

店内の雰囲気、飾られていたリアルな亀の剥製や鹿の角、店内に流れる1960年代くらいの歌謡曲(軍歌のような曲も)、そして長年アイコさんが多くの人を迎え入れてきた歴史が、店内全てのものに染み付いて、新しく入って来た私たちのことも変わらず迎え入れてくれるから、どこか居心地のいい“懐かしさ”を感じたのかもしれません。

そして、アイコさんの可愛い高い声で紡がれる言葉には、どんなお客様にも対応し続けてきた彼女流の力の逃し方のようなものがあり、包容力のような適度な“曖昧さ”を感じました。

そして、私が初めに惹かれた『旅路』という言葉には、旅行の道筋、旅行の途中という意味があり、それはつまり、例え50年営業を続けていたとしてもまだまだ「旅の途中」ということ。旅をやめなければならない決定的な出来事が起こるまで、旅路は続く。そのことに、ものすごく色んな経験をしてきたであろうアイコさんの、貪欲な生きる力、人をもてなし続ける力を感じたのでした。

かなり酔っ払ってお店を出るとき、アイコさんはお店の前に咲いていた梔子(クチナシ)の花をハサミで切って、持たせてくれました。今も部屋に飾っているのですが、甘くてとても良い香りがします。花言葉は「とても幸せです」だそう。

酔いが覚めても思い出すのは、「人生長いから」と何度もアイコさんが言っていたこと。私のスマホのメモにも念押しのように「人生長いから」と保存してありました。私にとって何かものすごく大切な、生きるヒントをもらえた気がします。必ずまた、訪れたいです。

(取材 木村玲奈 / 編集 国立人編集部)

「やぼな夜」とは

木村 玲奈 木村 玲奈

この記事をシェアする