やぼな夜 第8話 ーふうちゃんはここにいる編ー

やぼな夜 第8話 ーふうちゃんはここにいる編ー

「良いお年を〜」と言って解散してからあっという間に2ヶ月が過ぎ、春らしさと寒さが入り混じる3月頭。やぼな夜を過ごすべく、取材チームは谷保駅に集結しました。

今宵は何を食べようか? などと話しながら谷保駅前の道に入ると、桜が綺麗に咲いているではありませんか。思いけず桜に出会えて嬉しくなりながら、そういえば昨年も『やぼな夜 第4話 ー酒処たちばな編ー』の帰りに桜を眺めながら歩いたことを思い出しました。

一年はあっという間だな〜と思いながら歩いていると、『やぼな夜 第1話 ー旅路編ー』でお邪魔した旅路さんが見えてきて、今宵も灯がともっていることを確認し、お母さん元気でいるなと安心。ちなみに私のアトリエでは、第1話でお母さんにいただいた梔子の花と葉が、今も芽を出しながら元気に生きています。

取材チームの面々と近況話をしながら歩いていたら、谷保第一公園まで来ていました。公園の先に提灯のあかりが見えたので近づいていくと、そこには縄ののれんが掛けられた『よってけ ふうちゃん』が佇んでいました。

こんばんは〜

ふうちゃんの中にはカウンターとテーブル席があり、たくさんの常連さんで賑わっていました。私たちは常連さんたちの隣のテーブル席に着席。まずは生ビール、マグロのたたき、じゃがバター、イカの塩辛を注文しました。食べ物メニューはカウンターの上の方に飾られていて、飲み物メニューはテーブル席の後ろの壁に貼ってありました。メニューは全部手書きで、とてもあたたかな感じがしました。

運ばれてきたビールは、丸いフォルムの可愛いジョッキに入っていました。

「乾杯!!!!」

キンキンに冷えたビールは最高に美味しく、お通しのさつま揚げの煮物もすきっ腹に沁みました。

ママさんお二人で切り盛りされていて、お顔が似ていたので親子かなと思い訊ねてみると、やはりお母様と娘さんのお二人で営業されているそうです。「お店、いつからやられているんですか?」と訊くと、もともとはお母様のお姉さんの“てるこさん”の『てるこ』というお店で、37年も営業されていたのだとか。

『てるこ』がオープンした頃は、谷保駅前に広がる『富士見台団地』建設の真っ只中で、職人さんたちがたくさん飲みにこられていたのだそう。『てるこ』から『よってけ ふうちゃん』になって17年、合わせて54年間、同じ場所でお店を営んでいらっしゃるそうです。すごい。

酔ってけ ふうちゃん

『よってけ ふうちゃん』の店名はお母様の名前“ふさこさん”からきていて、意味は『酔ってけ ふうちゃん』なのだと教えてくださいました。私は「てっきり『寄ってけ ふうちゃん』なのだと思ってました」とお話すると、あえて店名をひらがなにしているのは色々な想像ができた方が楽しいからだと、ニコリとするふさこさん。

そうこうしているうちにどんどん料理が運ばれてきます。じゃがバターは久しぶりでしたが美味しさに驚き! イカの塩辛をのせていただくのもまた、美味でした。

追加で、生牡蠣となす一本漬、焼き鳥(ぼんじり、ねぎま、かしら、かわ)を注文。

余談ですが、お店で出てきたFSXというタグのついたおしぼりの話になりました。国立の会社だと聞き、袋を見てみると確かに国立の住所が。調べてみると、1967年に貸しおしぼり業『藤波タオルサービス』として創業し、創業50年を機に現在のFSX株式会社という名前になったのだとか。ベトナムや香港、アメリカにもオフィスがあるそうで、おしぼり界ではかなりのシェアを占めるのではと想像しました。国立にこのような企業があることを初めて知って驚いたのと同時に、身近なところに実は世界と繋がっている企業や営みがあると知れることはなんとも嬉しいことです。

岩手県産の生牡蠣が届き、レモンをかけていただきました。身がしっかり厚く、味が濃くて美味しかったです。牡蠣の汁がついた手を、FSXさんのおしぼりで綺麗に拭きました。

お酒と料理をいただきながら、大きな安心感に包まれていて、ふとで家にいるような気分になっていたことに気がつきました。個人的なことなのですが、お店のママさんお二人(お母様も娘さんも)が、どうにも私の母の雰囲気に似ていて、だから余計に和んでしまっていたのかもしれません。故郷の青森に長らく帰れていないので、帰りたいな、会いたいな〜と思いながら。いつもの質問をお二人へ投げかけてみました。

「谷保ってどんなところですか?」

田舎な雰囲気もあるのに不便じゃなくてとても住みやすいこと、高尾山のような山や、新宿方面の都会とも電車で同じくらいの距離だから、どちらにもすぐ行けてしまうのも良いと思っていること、谷保天満宮があるからか、このあたりの人はみんなお祭り好きなだということを、娘さんが教えてくださいました。

この日、取材チームの中にも「生まれも育ちも国立」というメンバーがいたので話を聞くと、「のどかなのに都会にもすぐ出れて、国立を出る理由がなくて、離れられない」と、同じ理由が返ってきたのも印象的でした。ご家族ともとっても仲が良さそう。

ずっとここにいる

故郷の青森を離れて暮らしている自分にとっては、とても羨ましいことです。お店のママさん二人が母の雰囲気に似ていたことも相まって、いつも以上に「家族」のことを考えてしまった私がいました。

自分が40代になり、頭の中では若いままの記憶で止まっている両親も70代になりました。老いや健康のことについて、これからますます考えたり向き合っていくことが増えると思います。そうなった時に、東京と青森という距離はとても遠いとも感じます。家族との時間を、離れて暮らしながらもどう大事にしていけるか……と、なすの一本漬を食しながらずっと考えていました。

2杯目のビールと一緒に、ぼんじり、ねぎま、かわをいただきました。ちょっとセンチメンタルだった私の気持ちは、焼き鳥とビールの美味しさで、ちょっと前向きになりました。故郷の両親と離れているのは寂しいけれど、縁あってともに取材を続けている取材チームのメンバーや、その都度出会うお店の方、常連さん。思えば、故郷を離れたからこそ、今この時間があります。

出会って、別れて、また出会って

ふさこさんから「なんの仕事してるの?」と聞かれたので、ダンサー・振付家として活動していることや、青森出身であることを話していると、カウンターに座っていた常連さんらしき方が、「全然なまってないね。故郷があるのが羨ましいよ。方言があるのは良いね」と話しかけてくださったのですが、その声に聞き覚えが。お顔を拝見しながら話していると……思い出した!!

なんと、昨年5月末に訪れた『やぼな夜 第5話 ー受け継がれた『居酒屋兆治』の舞台編ー』で、「谷保ってどんなところですか?」という質問に答えてくださった常連さんでした。「俺もどこかで会ったことあるような気がしたんだよ」と言う常連さん。

「生まれも育ちも国立で故郷がないから、故郷がある人が羨ましい」と話すふさこさん。「東京出身だから方言に憧れるよ」と話す常連さん。一方で、「東京が地元なら家族一緒にいられてよかったな」と思っている私。

どちらの良さも、難しさもある。そういう中で自分が何を選択するかが大事なんですね。

すると「谷保ってどんなところですか?」の質問に対して、ふさこさんが冗談交じりにこんなことを教えてくれました。

「谷保の居酒屋はみんな常連さんが一緒で、日替わりでぐるぐる回っているんだよ」

お店を出る時に「頑張って!」と拳を差し出してくださった常連さん。その拳に、私も取材チームのメンバーも拳を合わせて、店を後にしました。

「ずっとここにいる」という、強いワードが心に残った夜でした。

次はどんな出会いがあるのでしょうか。次回のやぼな夜も楽しみです。

(取材 木村玲奈 / 編集 国立人編集部)

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「やぼな夜」とは

「やぼってどんな場所?」を探るべく、谷保の夜へ繰り出します。

木村 玲奈 木村 玲奈

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