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あたりまえの日常を支える

求人募集

目次
泥臭くもスマートに
田中さんの1日
昭和を生きた現場監督
1つの分野で“光る人”が目指せる
被災地で得た実感
地域密着という信頼

国立のまちをよく知る人たちに「このまちの優良企業を知っていますか?」と尋ねると、はじめに名前が挙がってくる会社があります。

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1968年創業、水と空調に特化した地域のインフラを支える建築設備の会社です。

優良企業と言われる理由は「社長が気さくでいい人だから」「社員を大切にしている」などさまざまですが、一番大きな理由は、「地域に貢献している」というところ。

「この仕事をしていると、まちの人たちの笑顔を見ることができるんです。これほど嬉しいことはありません」
ニッポー設備二代目社長の田中友統さんに仕事の一番のやりがいを尋ねると、目を輝かせながらこう話してくれました。

社長として社員の生活を第一に考え、設備修理のプランナーとしてまちの人たちの困りごとに応えながら、自らも水回り設備のプロフェッショナルを目指している田中さん。

向上心に満ち溢れた若手社長は、仕事や会社、そして国立のまちへ、どのような思いを抱いているのでしょうか。

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泥臭くもスマートに

1968年、ニッポー設備株式会社は、初代社長の田中保信氏により設立されました。当初はセントラルヒーティングという、湯沸かしや暖房機能をボイラー1つでまかなう設備を導入する仕事が主だったそうです。

その後も、時代に合わせて変化していく建築設備のニーズに応えながら、2009年に父親から会社を継いだ田中さんが掲げた事業テーマは「地域密着」でした。

以来、国立をはじめとする多摩地域の個人宅や集合住宅から、行政が管理する公営施設まで、さまざまな案件を手がけています。

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昔ほど新規の建物が増えないこの時代、手がける仕事は緊急メンテナンスや、設備のリニューアルやそれに伴うリフォーム・リノベーション案件が中心。

「基本的に、身体を張った泥臭い仕事です。それをいかにスマートに見せるかを大切にしています」と、田中さんは話します。

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「僕は、プランナーとして地域のお客様や行政の担当者とのやりとりも行いながら、現場の作業にも携わります。現場では汚い部分を直接触ることもあるので、その分清潔であることは常に心がけていますよ。自分に娘が生まれてからは、それまで素手でやっていた作業でも手袋をはめるようにするなど、衛生管理には特に気を使っています」

いつでも清潔感があって爽やかな田中さんですが、それは強いプロ意識の表れだったのですね。

ニッポー設備で手がける仕事は、決してやりたがる人が多いものではありません。けれども、「だからこそ競争相手や競合他社が少ないので、ちょっと光れば他の人より目立つことができる業界なんですよ」と田中さん。

きつい仕事をしているはずなのに疲れた顔は一切見せず、むしろ「毎日楽しくて充実している」ように見える田中さん。
その裏側には、仕事を通じた田中さんの「生き方」そのものがありました。

田中さんの1日

田中さんの仕事は朝8時から始まり、夜18時頃に終わります。

「空調がおかしい、トイレが壊れた、水が出ない、といった地域のお客さんのSOSからこの仕事は始まります。暮らしのライフラインに関わる設備の不調は、お客さんにとって刻一刻を争うものですから、毎日常に忙しいですよ」

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連絡をもらえば、その日の夕方には修理箇所の点検をして、翌朝一番に修理に伺うというスピード感。

地域密着だからこそ、「昨日は落雷があったな」と思えば、その翌日にお客様から「エアコンが動かない」という連絡を受けたときに「雷の影響でエアコンのブレーカーが上がっていませんか」とすぐにアドバイスができます。そういった面でも、地域の人々との信頼関係は形作られているのです。

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「毎日ものすごく充実感がありますよ。仕事を終える18時頃にはもう体力も限界です」

仕事を終えれば家に帰り、妻や娘との家族団欒の時間を過ごします。夜は必ず7時間以上は寝て、とても健康的な生活を送っているそう。

聞けば、田中さんは会社を継ぐ前、大手旅行代理店で働いていたそうです。その頃の生活サイクルは、今とは比べものにならないほど不規則なものだったといいます。

「たとえば、4泊6日のロサンゼルスツアーでは、ベッド上の就寝が6日間で通算5時間しかとれなかったこともありました。連日夜中まで続くミーティングのあと、先輩たちに先にシャワーを浴びてもらって、自分がようやくベッドに入る頃にはもう夜も明けていて」

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それでも、父親の会社に移ろうという考えは全くなかったそうです。

「その頃は就職氷河期と言われていた時代だったからこそ、逆に会社を継ぎたくないと思っていました。その一心で就職活動をしていたら、人気ナンバーワンと言われていた大手旅行代理店に内定をもらうことができて。親父もすごく喜んでくれましたし、頑張ろうと思いました」

当時も今と変わらない熱い気持ちで仕事に取り組んでいた田中さん。奥様とも社内恋愛だったといいます。けれども、人手不足による激務と薄給、不規則な生活サイクルを送りながら、しだいに「先輩たちがあまり幸せそうに見えない」ことに疑問を抱くようになりました。

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「僕は家庭を持ちたかったし、子どもだってほしかった。でも、その頃の働きかたでは、そんな普通の暮らしはとても実現しそうにありませんでした。そんな時、お世話になっていた先輩に言われた言葉に背中を押されたんです。“サラリーマンの子はサラリーマンにしかなれない”、“お前は(独立に)挑戦することができるんだから、挑戦してみたら”と。それから考えが変わりました」

二代目社長として事業を継いだ現在、「娘との時間も楽しいけれど、やっぱり仕事が一番楽しい」と田中さんは笑います。

仕事も全力なら、遊びも全力で充実させることが田中さんのモットー。仕事終わりや休日にはジムで身体を鍛えることを欠かさず、スキー好きが高じて国立市スキー・スノーボード連盟を立ち上げ、スキーの準指導員資格も取得したそう。夜8時から不定期に開催される“くにたちsanteランニング”という、国立発のグループランニングに参加することもあるそうです。

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「毎日、仕事がどんどん好きになっていっています。地域に必要とされているという使命感を持ち、お客さんに喜んでもらえて、その上お金をいただける。それって、本当にいい仕事だと思いませんか?」

仕事が充実していると、自然とプライベートも充実し、人生が上向きになっていく。心から好きな仕事に打ち込んだ経験があれば、その感覚を知っている人も多いはず。
それをそのまま体現しているかのような田中さんは、仕事の先輩としても目指したいロールモデルになってくれそうです。

昭和を生きた現場監督

ニッポー設備の古株であり、その道30年の大台に乗ろうとしている現場監督の矢島さんに、仕事への思いを伺いました。

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「ハタチでこの仕事をはじめた時は、現場で若いのは俺だけだったな。職人さんたちの小間使いをやりながら、手伝わされているうちに仕事を覚えていった。随分可愛がってもらっていたと思う」

矢島さんは、当時のことを包み隠さず話してくれました。

「最初はあんまりやる気がなくて、残業なんか大嫌いだから定時で上がっていた。けど、2年が経った頃に転機があった。結婚したんです。その時の心境の変化はものすごく覚えていますよ、それ以来残業もするようになったから」

そう言って、屈託なく笑う矢島さん。駆け出しだった頃からずっと、社長業をしながら現場に出ていた田中さんのお父さんの背中を見ながら育ってきたと話します。

「先代社長はすごく熱い人で、人の気持ちをぐっと掴んで動かすような方だった。現社長の田中さんも熱い気持ちを持っているけど、俺たちとは生きてきた時代が違うよなぁ」

確かに、物腰柔らかな田中さんと職人気質な矢島さんは、考え方も全く違うように見えます。田中さん自身も「矢島さんは父親にそっくりで、自分とは正反対だから面白いんです」と話します。

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現場では大先輩でもある矢島さんに、昔の矢島さんのような未経験の新人さんが現場に入った時、“これができたら褒めたい”という点を伺いました。

「朝、ちゃんと集合時間に来られて、任された作業の進捗状況の報告ができれば褒めたい。遠い現場に向かう時は早朝集合になることもあるので、遅刻をしないように頑張ってほしい。あとは、現場を監督する身としては、何がどこまでできているか、できていないかを正確に報告してもらえると助かります。スケジュールにも関わるので」

また、叱る点について尋ねると、「やる気が見えないと叱る」ときっぱり。「俺も昔はやる気がなかったけど、残業が嫌だっただけで、仕事中は目一杯やっていた。作業をダラダラやっている人を見ると、そんなんならやめちゃえよ! って言うこともあります」

田中さんも「過去にそう言われてしまって僕に相談に来る人もいました」と苦笑い。ストレートな言葉ではあるけれど、矢島さんの話には一本の筋が通っています。

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「この仕事はキツイよ。屋外作業になると夏暑くて冬寒いし、設備は工程の最後に組み込まれることが多いから、前の作業が押すとしわ寄せが一気にきてしまいます。キツイから辞めようとしたこともありました。でも、やっぱり先代社長に恩があるし、何よりも俺には家族がいるからな」

その言葉からは、飾らない、実直であったかい人柄が伝わってきます。そして、矢島さんは最後にこう話してくれました。

「仕事はキツイけど、ニッポー設備は好き。そうじゃないと、こんなに続けてないですよ」

1つの分野で“光る人”が目指せる

「誰もがやりたがらない仕事だからこそ、少し磨けば人より光れる。それが大きなやりがいになってくれます」

田中さんはそう話します。一目置かれること、必要とされること、それはどんな仕事であっても、大きな喜びをもたらしてくれるものです。

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お客さんとやり取りをするプランナーとしての田中さんの強みを尋ねると、こんな答えが返ってきました。

「僕自身の強みは、あきらめない、自分の限界まで無理ができるところだと思います。どんな小さな案件でも親身に丁寧に対応すれば、一箇所の修理から大きなリフォームやリノベーション案件を任せてもらえることも多々ありますよ」

プランナーの仕事は、お客さんや行政の担当者と商談を行い、現場を見て実際にかかる工事の金額やスケジュールなどを調整すること。協力会社の職人さんたちとの調整業務も行います。

大手旅行代理店でのプランナー経験を持つ田中さんだからこそ、スムーズな調整が可能なのでしょうか。そう尋ねると、

「プランナーの仕事は、たとえ営業として働いた経験がなくても身につけられる仕事です。設備の専門的な知識だって、はじめからなくても、僕や先輩が教えたり、職人さんとのコミュニケーションをとったりして勉強する中で身につきます。けれども、建築設備の職人として一人前を目指すこと、これが一番難しい」

そんな答えが返ってきました。

職人として一人前になるには、10年はかかる。だからこそ、高い技術を持つ職人さんたちとの信頼関係を築くことも、プランナーの大切な仕事なのです。

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そんな建築設備業界の中で、田中さんが“ひときわ光る”ために目指しているのは、“トイレのプロフェッショナル”になること。

「たとえば、メーカーごとの特徴、ウォシュレットの性能、座り心地の違いなど、お客さんのニーズに合わせて誰より最適な提案が行えるように、“トイレのことなら絶対誰にも負けない!”と言い切れるようになりたいですね」

興味が高じて、一般社団法人日本トイレ協会の会員にもなったという、田中さんのトイレ談義は止まりません。

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「トイレは陶器なので、しっかり焼成することで20%ほど縮んで、皆さんがよく目にするトイレのサイズになります。それなのにズレや歪みが生じることがほとんどなくて、日本のすばらしい技術力をひしひしと感じさせられますね」

トイレミュージアムで手に入れたという小さなトイレの置物を手に、シャワートイレとウォシュレットの違いなどについて教えてくれた田中さん。旅先などで目にするマンホールについ目をとめてしまうのも、「仕事が好き!」な気持ちの副作用、一種の職業病なのかもしれません。

被災地で得た実感

蛇口をひねれば水が出る。そんな、「あたりまえ」の暮らしを支えるのがニッポー設備の使命です。

その使命感を実感したのは、田中さんが会社を継いで3年目。2011年、東日本大震災の被災地へボランティアに行ったときのことでした。

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「設備一式をトラックに積んで、名乗り出た社員とSNSでの呼びかけで集まった仲間とともに、ライフラインが断絶されてしまった東北の被災地へと駆けつけました。そこで自分たちが持てる技術を駆使して、避難所の水道設備を復旧させたとき……そこで暮らす200人を超えるたちに、心から感謝していただいたんです。それは、言葉にできないような、心が震える体験でした」

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水がなければ、人は生きていけない。
それを「自分たちの力で支えることができた」という実感に鳥肌が立つような思いがして、「はじめて父親に感謝した」と田中さんは話します。

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2016年の熊本地震の際にも、現地へ駆けつけてライフラインの復旧に尽力しました。

「全てやりきって、羽田へ向かう飛行機の中で、なんともいえない高揚感が湧き起こりました。仕事への誇りというのかな。被災地のテントで一緒に過ごした社員たちも、その体験を通じて社会的な自立心が高まったように見えました。不思議と、その後会社を辞めてしまう人もいて。もちろん寂しい気持ちはありますが、何かを得て旅立っていくのは、それはそれでいいと思っています」

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暮らしのそばにありすぎて、あたりまえになってしまっているものは、なくなって初めてそのありがたみに気がつくのかもしれません。
ライフラインを支えるニッポー設備の技術は、地域にとっても欠かせないものなのですね。

地域密着という信頼

南武線矢川駅の清掃活動、国立市内最大のお祭り「天下市」への参加をはじめ、地域を盛り上げる活動にも田中さんは積極的に参加しています。

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地域活動を通して、直にその思いに触れたまちの人たちは、水回りや空調設備の困りごとをニッポー設備に真っ先に相談するようになります。

信頼関係の土台を築いていくことで、地域との繋がりはより密接なものになっていきます。

その原動力となるのは、田中さんをはじめ社員ひとりひとりの「地域の人の笑顔が見たいから」というシンプルな動機に他なりません。

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ニッポー設備の理念は、“地域社会・お客さまに必要とされ、満足させ、それを喜びとし、責任と自覚を持って、会社・社員・家族の生活向上を目指す”こと。

地域社会に必要とされ、仕事で喜びを感じながら、自分にしかできない、のびやかな生き方を目指していく。

若手や未経験者を一人前になるまで育てることで、社会貢献につなげたいと考えるニッポー設備に、“第二の田中さん”を目指したいと思う人がやってきてくれれば、地域の未来にとってもこれほど心強いことはありません。

「この会社も、誰か次に継いでくれる人が現れると嬉しいですね」
そう言って笑う田中さんは、まだまだ現役そのもの。

「やってみたい」という気持ちが持てたら、ニッポー設備の扉を叩いてみませんか。
日々の実直な仕事の先に、田中さんのような、自分なりの仕事や生き方への確かな手応えが得られるはずです。


Written by加藤 優/Yu Kato

「国立人」編集・ライター。歩いているだけでも楽しい国立のまちで、のびやかに働く人たちの話を聞くことが栄養になっています。

求人募集

募集主 ニッポー設備株式会社
URL http://www.nippo-setsubi.com
勤務地

国立市富士見台4-43-10

他、各現場(多摩地域中心)

地図

募集期間 2017.11.11 - 12.8
職種

①現場監督
②プランナー

雇用形態

①②
正社員
契約社員(60歳以上の方)

仕事内容

①②
当社の社員は、水道・空調設備に関わる仕事全般を行います。
(個人・法人・行政などのお取引先とのやりとり、現場での作業など)

当社が手がける案件は幅広く、
水道メーター交換などの簡単な作業から、
昔の大型設備(トラック2台分になることも!)を
最新の小型設備に取り替えるといった、
専門知識と経験が必要な仕事を、協力会社の職人さんと行うこともあります。

■未経験の方は、
はじめの10年間は様々な現場の経験を積みながら、
社長や役員、上司に同行してお取引先への訪問なども行います。
経験を積んで仕事の全体像が見えてきたら、
社長のようなプランナー、現場をまとめる現場監督を
あなたの適正に応じて目指していっていただきます。

もしくは、あなただけの新しい役割を見つけて
新たなビジネスを創っていただいても構いません。

給与

月給18万円〜 応相談。建設業の現場経験者は優遇。
※同業の現場監督経験者は月給30万円〜応相談。
※各種資格手当あり(1資格500円〜1万円 30種類程度あり)

福利厚生

社会保険完備 賞与年3回 昇給年1回
交通費(月1万円まで) 自転車通勤可
・社宅あり(月5000円、3年後は月3万5000円)
・借り上げ社宅制度あり
・社員旅行、市内イベント参加(希望者のみ)など多数!

勤務時間

8:30〜17:30
現場により変動することもあります。(多摩地区の現場が中心)

休日休暇

土・日・祝 
※現場により出勤もあります(振替休日制度あり)
※月1回土曜出勤日あり
夏季・冬季休暇、有給休暇

経験資格

高卒以上 自動車免許
(営業の経験がある人、建設現場での作業経験がある人、
 同業の現場監督経験がある人は優遇いたします)

求める人物像

「やってみたい!」という気持ちのある方、歓迎します!

■水と空調の業界について、仕事について、働き方についてなど、
“社長に面接”してみたい方は、いつでもご連絡ください。
「会社・現場を見学してみたい」という問合せも受付中!

選考の流れ

「応募する」フォームから応募、または履歴書を送付ください。
その後、社長が面接をいたします。

問い合わせ先

info@nippo6666.jp