本と街と人の偶然が生まれる場所

本と街と人の偶然が生まれる場所

少し前に“サードプレイス”という言葉が盛んに聞かれていましたが、時節柄、今は“おうち時間”の方がトレンド感、ありますね。サードプレイスとは、仕事に関わる「職場」やプライベートな「家庭」とは異なるその名の通り「3つ目の居場所」という意味。カフェやバー、公園など、思い思いに過ごすことができる場所を指すことは広く知られていますが、こうした場所がもたらす意義や特徴については、正直考えたことがありませんでした。

“サードプレイス”という言葉をWikipediaで調べてみると、アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが自身の著書『The Great Good Place』で、サードプレイスが現代社会において重要であることや、その場所に対する特別な思いなどを論じていることが紹介されていました。「個人の社会における地位に重きをおかない。経済的・社会的地位は意味がなく、ありふれていることが許容される」「遊び心や楽しい会話がサードプレイスの活動のメイン・フォーカスである。会話のトーンは気軽でユーモア、ウィットがあり、優しい遊び心は高く評価される」「サードプレイスは常連がいて、空間やトーンを形成する。その場所らしさを彼らがつくる。新たな訪問者を惹きつけて、新参者にも優しいところ」など、そのひとつひとつにうなずくとともに、とある場所のことを思い浮かべていました。

コロナ禍で人と人との間に距離を設けることが推奨される昨今。そんな世の中になってしまったタイミングと同時に国立へ引っ越してきた私には、家以外に“自分の居場所”を見つけるのがとても難しいと感じる時期がありました。そんな中、9期の募集を見て申し込んだのが、現在メンバーとして参加している『国立本店(くにたちほんてん)』の活動です。「国立で知り合いが欲しい……」そんな単純な動機が参加の理由でしたが、ここでの活動はまさに“サードプレイス”の特徴にぴったりと当てはまるのです。「そうか、そういうことだったんだ」と、これまでの活動を振り返って、大いに納得してしまいました。

『国立本店』とは、“ちょっと寄り道したいとき、1冊の本と向き合いたい時、国立のことをもっと知りたいと思う時。あなたのペースで過ごせる、新しい知に出会える空間です。国立が好きな人、本が好きな人、人が好きな人、いろんな思いが集まる街の「居場所」です”と紹介されているコミュニティースペースです。

活動の一環として“お店番”をしていると、初めて訪ねてこられた方には「ここは何のスペースですか?」「えっ、本屋さんじゃないの?」「古書店かと思いました」など、いろいろと聞かれます。本来なら上記のような定義をきちんとお話すべきなのですが、私は「本と街と人が好きな人が集まる“大人のクラブ活動”です。ここはその部室兼、活動スペースなんですよ」とお話しています。すると不安げに入ってこられたお客さまの表情が緩み、自然に打ち解けてお話しやすくなると感じています。

年代も肩書も地域もフラットになるスペース

先ほどご紹介した“サードプレイス”の特徴にもあるように、国立本店を構成する顔触れは実にさまざまです。大学生もいれば、大学教授、会社員、主婦、イラストレーター、編集者、菜食料理人、それから作家志望の“書生”を名乗るメンバーも。基本的には、国立市周辺に住んでいる方が多いですが、この活動に魅力を感じて遠方から参加している方もいらっしゃいます。年齢や肩書など関係なく、同じ時間に国立本店で過ごすだけで、自然に打ち解けて仲間になれる。日常の中だけではおそらく接点を持つことがない人たちと、本やこのスペースを通じて出会い、時にはみんなで企画した催しに向けて一緒に活動する。まさに“大人のクラブ活動”という言葉がぴったりなのです。

先日は、娘と同じ年の大学生と一緒に“お店番”をしました。自分の娘から聞くのとはまた違ったコロナ禍における大学生活や就職活動の様子、ご両親ことや趣味、ファッションの話などを聞かせてもらいました。いろいろ話していくうちに、私と同様に彼女も純喫茶巡りや昭和レトロが好きだとわかり、大盛り上がり。もう一人、娘ができたような気持ちでとてもうれしくなりました。途中から、お店にフラッと立ち寄ってくださった30代半ばの男性のお客さまも会話に加わり、「働くとは」「仕事とは」「転職について」といったキーワードから、これから社会に出ていく彼女にアドバイスをするなど、偶然集ったメンバーとは思えないほど充実した会話ができたことは、とても貴重な経験でした。

また、メンバーでイラストレーターのおぐまこうきさんとグラフィックデザイナーのスミナツコさんがお店番をしていた日に立ち寄った際は、コピー用紙の裏紙に自由に不規則な線を書いたものをお互いに交換し合い、そこに色鉛筆で色を載せていくことで見えてくるものをイラストにする……という不思議な“ライブペイント”に挑戦。絵を描くことが苦手なので最初はあまり乗り気ではなかったものの、気が付けば無心で色付けに没頭。紙の上に生まれた不思議な生きものたちが動きだすような感覚に夢中になり、あっと言う間に1時間が経過。自分で書いたものとは思えない異次元の世界が広がっていたことに、驚いてしまいました(下:私が描いたものです)。

国立本店の和やかな雰囲気が感じ取れる素敵な動画をご紹介します。こちらは、児童書の編集者である佐藤雄一さんが撮影・編集してくれたものです、この日は、大学や専門学校で教鞭を取られている小山伸二さんと私がお店番。小山さんが淹れてくれたコーヒーに合わせて、私がつくったフィナンシェやマドレーヌを来店者にふるまい、思い思いの会話に華が咲いた、とてもステキな時間でした。

こちらのURLからご覧ください(「国立本店」のフェイスブックページにつながります)
https://www.facebook.com/watch/?v=705378750076061

『国立本店』の楽しみ方とは……

国立本店には、象徴的な大きな本棚(『ほんの団地』)が置かれています。この1画はメンバー専用の本棚として貸し出され、定期的に設けられるテーマに合わせてそれぞれがセレクトした本を持ち寄り、展示しています(店内での閲覧のみ可能)。

ちなみに今のテーマは『密な本棚』。スペースいっぱいに詰め込まれた本棚や、究極の秘密ともいえる人の“日記”(古本店で売られているらしく、これを蒐集しているメンバーのコレクション)を展示している本棚など、自分のセレクトではなかなかお目に掛かれないマニアな世界が広がっています。こういった書物を手に取って読むことができるのも、楽しみのひとつです。

コロナが広まる前は、外部に向けたイベントなども多く企画されていたようですが、現在は運営が難しいため、必然的にネット上での活動が中心になっています。インスタグラムでは有志メンバーが『本日の1冊』と称してお勧めの本を紹介。WEBサイト内には『徒然本店』というコーナーを設置し、メンバーのリレーエッセイも連載しています。またコロナ禍に直面した大学生メンバーのリアルな声を対談形式でまとめた記録を『ZINE(ジン:個人で製作する冊子)』に残そうという動きもあり、私も編集やライター経験を生かして、この活動に関わっています。

コロナ禍で、何となく人と話す機会が少なくなった、いつも読むのとはちょっと違う本を探している、自分に向き合う時間が長くなったことで生き方に迷いが生じている、誰かとつながりたい……どんな理由でも大丈夫。軽い気持ちで『国立本店』に足を運んでみませんか。緑が生い茂る国立の街を散歩しながら、ふらりと立ち寄れば、本と人と街が好きなメンバーが、笑顔で迎えてくれるコミュニティースペース。ここが、あなたのサードプレイスになるかもしれません。

(書き手:小倉一恵/国立暮らし1年目)

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「国立暮らし1年目」とは

外から見たときと、内側から見たときのイメージは少し違います。そんな『国立暮らし1年目』だからこそ見えてくるものを綴るコラムです。

小倉 一恵 小倉 一恵

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