やぼな夜 第6話 ー友達じゃないけど編ー

やぼな夜 第6話 ー友達じゃないけど編ー

コロナが明けて3年ぶりに開催された、谷保天満宮例大祭。お神輿がまち中を練り歩き、夜にはハッピを着た集団がまちへ繰り出す。そんな例大祭の夜は、普段は静かなダイヤ街商店街にも「エッサ!」「ホイサ!」の掛け声がいつまでも鳴り響いていました。

そんな夜が過ぎて、秋の気配が漂う10月頭。『やぼな夜』取材チームは忙しかった夏の疲れを癒すようにダイヤ街商店街を訪れていました。

「さすらい人 / 流離人」=あてもなくさまよう人

第3話で訪れた『千花』の隣の通りへ。以前から気になっていた『炭火さすらい人』の看板がありました!

店内に入ると、まず目に飛び込んできたのが、上から吊られているアルコールランプでした。他には暖炉、茶色のレンガ壁、壁の棚にはボトルキープされているであろう様々なお酒の瓶、「不動心」と書かれた書道、使い込まれた深く濃い茶色の木のカウンター、テーブル、椅子があり、奥のテーブル席には先客がいらっしゃいました。

2階に続く螺旋階段の上からも楽しげな声が聞こえてきます。店主のこだわりが感じられる内装は、純喫茶のような雰囲気も持ち合わせていて、とても落ち着く空間でした。

するとカウンターの中からマスターが出てきて、

マスター「初めて?」

取材チーム「一度来たことがあります! 飲み物セルフサービスなんですよね?」

マスター「初めてじゃないなら大丈夫だね。申告してからね」

と、そんなやりとりが。忙しい時は飲み物を自分で作るスタイルらしく、生ビールとハイボールを「申告」して、自分たちで注ぎます。

オイルランプに照らされるビールの綺麗なこと。ずっと見ていられるなと思いながら、まずは乾杯。お通しは、しめじや豚肉、キクラゲ、糸こんにゃくなどが入った肉豆腐。一口食べると故郷の(青森の)祖母がつくるお鍋的なものを思い出して、懐かしい気持ちになりました。

故郷・青森の味『こまい』

メニューを見ると炭火焼とともにハンバーグなどの夕食セットメニューもあり、ひとりで晩ごはんがてらクイッと呑むのもいいなと次回の妄想が膨らみます。

まずはマスターお任せの串焼きセットを注文しました。個人的に気になったのは、メニューに『こまい』が載っていたことです。皆さん知っていますか?

『こまい(氷下魚)』とはタラ目タラ科に属する魚類で、北海道や故郷の青森では『かんかい(寒海)』とも呼ばれている魚です。青森では、乾物や干物で食べられています。

私は小さい頃から『かんかい』の乾物にマヨネーズをつけて食べるのが大好きで、東京に出てきてからは食べる機会が減って非常に悲しかったので、テンション爆上がり。

やがて、レバー、砂肝、焼き鳥、つくねが時間差で運ばれてきました。レバーはとろっとろで、口の中でとろけます。そこに冷えたビールを流し込む、最高です。砂肝は弾力があり味が濃く、焼き鳥は脂がのっているけれどサラッと食べられるさっぱり感がありました。つくねもジューシーでタレが絡んで美味しかったです。

エンジェルリング

串焼きと共にビールも進んでいたのですが、気づけば私たちのグラスには“エンジェルリング”ができていました。感動!

エンジェルリングとは、ビールを飲んだあとのグラスにリング状に残る泡の跡のことだそう。ビールを飲み進めるたびに木の年輪のような泡の輪が付着するため、輪の数を見れば何度で飲み干したかがわかります。

調べてみると、エンジェルリングがグラスに残るビールは、おいしい一杯であったことを表していると言われていて、エンジェルリングのもととなるきめの細かい泡を作るには、ビールが適切な温度まで冷やされていることが大切なのと同時に、内側にホコリなどが付いていないきれいなグラスであることも必要だそうです。

オイルランプに照らされたビールが綺麗だと感じたのは、本当にグラスがピカピカでビールもキンキンに冷えていたからなのでしょう。

そうこうしていると、待ちに待った『こまい』がやってきました。生干しのこまいを見たのが本当に久しぶりで、ついマスターに「もしかしてマスター、東北のご出身ですか?」とたずねてしまったのですが、東北出身ではなく東京出身とのこと。

こまいを置いている理由は、「こまいが東京にも流通してるからだよ〜」というふわっとしたお返事。そうか〜と思いつつ、さすらい人なら東北にもさすらっているかもしれないしな、と心の中で納得したのでした。

生干しのこまいは味が濃く、身はふわっとしていて、最高の焼き加減。マヨネーズとの相性も良く、美味でした。初めて食べたという取材班の面々も気に入ってくれて、なんだか嬉しくなりました。

と、ふいにマスターから「連絡船ってもう動いてない?」との質問が。

もしや、青函連絡船で青森や北海道をさすらったのか!? と思いながら、

「今は青函トンネルを新幹線が走っているので、連絡船は青森駅のそばの港に記念館的なものとして保管されているよ」と伝えました。

「そうなんだね〜」とマスター。やはり、さすらい人!?

「友達」じゃないけど、ともにさすらえる仲間

ところで、「友達」ってなんだと思いますか? 『やぼな夜』取材チームの私たちは「友達」かと言われるとそうなのか? という感じで、絶妙に不思議な関係性だという話になりました。

そこから各々の友達感についての話になりました。私の場合ですが、学生時代をともに過ごした人は、今は頻繁に会えなくても「友達」です。でも、ここ15年くらいは「友達」かどうかというより、その人のことが人として好きなのかどうか、ともに過ごす時間が楽しかったり尊いかどうか、仕事抜きでも会おうと思うかなど、そういった指標(的なこと)で動いてきた気がします。

そういう関係に「友達」以外のいい言葉があるといいのですが。「さすらい仲間」なんてどうでしょう。

最後に、いかわたにライスをぶっ込むとんでもなく美味い食べ物と、焼きおにぎりを食しました。肉豆腐とこまいで完全に青森の口になっていた私は、最後に食べた焼きおにぎりからも青森の味のようなものを感じてしまったのでした。思い込みなのか、はたまたマスターは青森をさすらったのか、その謎は解けなくてもいいから、またマスターの料理を食べたくなることを確信しました。

お店賑わいにつき大忙しだったマスターと、お会計の時に少しだけお話しできそうだったので、いつもの質問を投げかけてみました。

「谷保ってどんなところですか?」

マスターの答えは、

「総合的にすごくいいところ! ほんとにいい場所だよ。人の生活も、自然もあるから」

とのこと。さすらい人が、さすらいながら行き着いた先は国立なのか、と静かに思いながら店を出ました。

「またね!」と手を振って、『やぼな夜』取材チームも解散。ひとり国立駅まで歩くことにした私は、ちょっと肌寒い気候の中、友達じゃなくても集えるってなんだか良いな、と噛み締めながら歩いたのでした。

『やぼな夜』、次回へ続きます。

(取材 木村玲奈 / 編集 国立人編集部)

続けて読む

「やぼな夜」とは

「やぼってどんな場所?」を探るべく、谷保の夜へ繰り出します。

木村 玲奈 木村 玲奈

この記事をシェアする