やぼな夜 第5話 ー受け継がれた『居酒屋兆治』の舞台編ー

やぼな夜 第5話 ー受け継がれた『居酒屋兆治』の舞台編ー

梅雨入り前の5月末日。今回でやぼな夜も5夜目ということで、改めて「やぼ」という言葉の意味について調べてみました。

「やぼ (野暮) 」 とは(コトバンクより)
1 人情の機微に通じないこと。わからず屋で融通のきかないこと。また、その人やさま。無粋(ぶすい)。⇔粋(いき)
2 言動や趣味などが、洗練されていないこと。無風流なこと。また、その人やさま。無骨。
3 遊里の事情に通じないこと。また、その人や、そのさま。

みなさんは「やぼ」にどんな印象を持っていますか? なんとなく、「オシャレ」なことの反対にあるようなイメージでしょうか。ちなみにWikipediaによると、みなさんご存知の『谷保天満宮 (やぼてんまんぐう)』 から「野暮」「野暮天」「やぼったい」の語句ができた、とされる説もあるそうです!

いつも、ここに

さて、5夜目にお邪魔したお店は、以前から気になっていた『いづも』さん。

数ヶ月前の散歩中にお花がたくさん飾られているのを見て、オープンしたばかりかなと気になっていたお店でした。その時は満席だったのですが、中を覗いてみると今日はカウンターに座れそう。

中に入ると、オープンして数ヶ月とは思えない、年月をかけて染み込んだ味のある雰囲気、そしてお客さんが醸し出す常連さん感。これはどういうことだろう??? と頭の中にハテナがたくさん現れます。

私たちが座ったカウンター席の前にちょうど炭火スポットがあり、大将の手元は見えないものの、もつを焼いてくださっている気配をすごく感じつつ、まずはビールを流し込みます。梅雨入り前の5月後半、気圧の影響でかなんとも体調がすぐれない感じがあったのですが、キリッと冷えたハートランドで目が覚めました。

大将に店名の「いづも」の由来をお聞きしてみると、「先祖が出雲から来ている」ことと、「いつも来てね」という意味を込めて「いづも」なのだとか!

テレビには消音・字幕で映し出されるバラエティ番組、そして店内には竹内まりやが流れています。大将に「竹内まりや好きなんですか?」と聞くと「そうでもないよ」との答え。でも、実は好きそう……と想像しながら見渡した店内は、テレビのバラエティ番組やJ-POPとは異なる重厚で渋い雰囲気で、大将自身もなんだかその重厚さの中にそっと身を置き、影を潜めているような印象を受けて、その佇まいを分析したくなるような気持ちが湧いてきました。

そんなことを思っていたら、もつ煮込みともつ焼き盛り合わせがやってきました。

もつ煮込みはなんとなく味噌煮を想像していましたが、澄んだスープで煮込まれた初めての味わいで、ハマりそう! もつ焼きは、がつ、てっぽう、しろ、はつ、かしら、たん。表面はカリッと、弾力はありながら非常に柔らかく、簡単に噛み切れることに驚きました。

このお店と大将の不思議な雰囲気に興味津々な私たち。すると隣に座っていた常連の方が「ここ、初めて?」と話しかけてくださり、その会話の中で、『いづも』の前身は『婆娑羅(ばさら)』というお店だったことを知りました。

実は、『やぼな夜』が始まる前から、『婆娑羅』は気になっていたお店でした。その歴史については詳しくなかったものの、ネットで調べた時の写真の雰囲気に惹かれていたのです。閉店してしまったと聞いて残念に思っていたのですが、まさか自分が今いるここが「婆娑羅」だったとは!

驚きとともに胸騒ぎがしました。

文蔵から婆娑羅へ、婆娑羅からいづもへ

国立に暮らし、国立を愛した作家、山口瞳先生の代表作『居酒屋兆治』。1983年には高倉健さんと加藤登紀子さん主演で映画化もされました。この作品のモデルは、谷保にあった『文蔵』というお店。その後、店主の八木さんご夫婦が高齢などの理由から閉店され、2006年9月末からは、三鷹にある『婆娑羅』の分店として営業されていました。そして2022年、『婆娑羅』の店主の濱岡さんが亡くなられ、閉店することに。

そこから大将が引き継いで、現在の『いづも』が生まれたのです。

お話を聞かせていただいた常連さんと大将は、昔からの飲み仲間で、のんべえ5人組で休みを合わせて中央線沿線の飲み屋を巡っていたそう。谷保の『婆娑羅』は、長年の行きつけの一つだったそうです。

そんな『婆娑羅』が閉店してしまった時、既にサラリーマンを退職されていた大将は、飲み仲間にも内緒で店を借り、大将いわく「勢い」でお店をオープンさせたそうです。

これらの情報を大将からではなく、ほぼ常連さんから聞くという面白い状況だったのですが、大将はその都度、ちょっと笑みを浮かべたり、補足したり、ボソボソっと話しながらお店の業務をこなしていました。

常連さんに聞いた、「谷保ってどんなところですか?」

ここで、常連さんにいつもの質問をしてみました。

「独特」「農家が多いしね」とのこと。地元の人のことを指す「谷保人(やほじん)」という言葉や、よく行くおすすめのお店なども教えてくださいました。おすすめのお店がたくさんあることが、谷保人の特徴かもしれません。

日本酒 『一の蔵』の冷と、メニュー表を見て気になった『栃尾揚げ焼き(フワッと軽い食感の油揚げを焼いたもので、新潟県長岡市栃尾町のソウルフード)』をいただきつつ、常連さんとお話している中で、ふと「大将のこと、なんて呼んだらいいですか?」と質問してみました。

「おやじさん、おとうさん、マスター、大将、何でもいいんじゃない?」と常連さんには言われたものの、私はどれもしっくりこなくて、その理由は大将が大将らしくないとかそういうことではなく、大将があえて「大将」と呼ばせない“居方(=その場において、その人がどんな状態でいるかということ、どう居られるかを実践していることなどを指す、主に舞台用語)”をしているような気がして、話しながらもその理由をずっと考えていました。

大将がお店をオープンしたのは「勢い」とのことですが、常連さんいわく、お客さんとして様々な飲み屋さんを訪れながら、料理などの様々なことをリサーチしていたのだとか。いつかは自分でお店をやれたら、という夢も持っていたのではないかな、と。あと、竹内まりやも好きだと思うよ、とのこと。やっぱり!

その時ふと、大将の“居方”について閃いたのです。「大将は、大将として働きながらも、このお店の常連さんとしてもまだ時を過ごしているのかもしれない」と。だからなんとも言えない不思議な雰囲気を醸し出しているのかも、と。

私は本業でダンス作品を創作しています。そのためか、カウンターの中と外って、舞台と客席みたいだなと感じるのです。大将は客席からカウンターの中の舞台へ入ったけれど、大将から見るとカウンターの中が客席で、私たちがいる客席が舞台なのかもしれません。

『文蔵』は『婆娑羅』へ、『婆娑羅』は『いづも』へ、舞台装置のようにぐるぐる回りながら、ここへ集う人たちの「勢い」を巻き込んで、引き継がれて、今も存在していることが奇跡のようで、引き継いだ人たちの努力でもあると、しみじみ感じたのでした。

最後に大将に聞いた、「谷保ってどんなところですか?」

「やぼなところ」とのお返事。

「大将、最後までずっとミステリアスですね」と私が言うと、ニコニコっと笑ってくださり、ミステリアスさが一瞬どこかへ消えましたが、またすぐにいつもの大将に戻っていました。

こうして偶然にもずっと行ってみたかったお店を訪れることができました。『いづも』を通じて、『婆娑羅』『文蔵』でも時を過ごせたこと、嬉しかったです。お店を引き継いでくださった大将、そしてあたたかく声をかけてくださった常連の方に感謝。

今夜もありがとうございました。次の夜へ続く。

(取材 木村玲奈 / 編集 国立人編集部)

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「やぼな夜」とは

「やぼってどんな場所?」を探るべく、谷保の夜へ繰り出します。

木村 玲奈 木村 玲奈

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