“デイサービス”と聞いたとき、あなたはどんな場所をイメージしますか?
「女性たちが自宅を離れ、余暇の時間を趣味のサークルのように過ごしながら、ヘアカットやマッサージ、時にはアートに触れながら、活き活きと美しくなれる場所」
そんな想像をする方は、まだ少ないかもしれません。
ここ『デイサービス笑福(えふ)』は、国立エリアに暮らす介護認定を受けた人々が、ケアマネージャーの紹介を通して集まってくる、美容介護デイサービス。
笑福の特徴は、理美容師が常時勤務し、シャンプーやヘアカットを施す個室やマッサージ台があるところ、そして何より、みんなが笑顔で過ごしているところ! 女性たちの「何歳になっても美しくありたい」という思いやモチベーションを、もっとも大切にしているのです。
「全国的にも珍しい、理美容室付きの美容介護デイサービスは、理容師と介護職を経験した代表の妻・山本えり子のアイデアでした。希望者はヘアカットやマッサージを受けることができます。私自身が小さい頃から続けていたピアノ伴奏に合わせて歌う時間、スタッフが考案したレクの時間もあります。スタッフみんなが、好きなことや特技を活かして働いています」と、代表の山本健治(やまもと・けんじ)さん。
利用者の女性たちをはじめ、スタッフたちも和気あいあいとして、とても華やかな雰囲気です。
「女性にとって、美容室に行くのは気分転換の時間。デイサービスでもそんな時間を過ごしてもらいたくて」
理容師として働いていたえり子さんがはじめて介護業界に入ったのは、子どもが大きくなり、新しい挑戦をしたくなったことがきっかけでした。
「その頃勤めていた介護施設では、私は利用者さんのシャンプー係でした。ついでにヘアカットやお顔そりもよくお願いされたのですが、理美容行為をするには保健所の許可が必要で、断るしかなくて。調べてみると、東京には理美容室を併設したデイサービスが全くないことがわかって、それなら自分ではじめよう! と思ったんです」
2016年、IT企業で働いていた夫の山本さんとともに、東京都では初となる『理容所一体型通所介護事業所』を開業します。
「長年のサラリーマン人生で、高い数字目標に向かい努力する達成感や、お客様の役に立つ喜びも経験しました。けれども、営業職から見える世界は競争社会で、“弱者を守る”という価値観よりも、経済的な能力がそのまま人間の価値として判断される世界でもありました。自分自身の人間的な成長を考えながら将来のことを模索する中で、人への思いやりや援助に関心を持つようになっていきました」
山本さんがずっと続けていた音楽活動でも「もっと誰かの支援に役立てたい」という思いが強くなり、仕事の傍ら介護施設へのボランティア演奏にも行っていた矢先の話だったそう。
えり子さんには全盲の父と弱視の母がいて、ふたりの手を引きながら外出することも多かったといいます。そのときの体験は、介護や福祉という業界への興味関心にもつながっていきました。
夫婦の道が重なったことで、より自由な生き方へと広がっていったのですね。
笑福は女性たちのサロンのよう。いつも話し声や笑い声が絶えません。
はじめは人見知りをして黙り込む人も、理美容室で綺麗になって歌を歌ったり、スタッフや他の利用者さんにつられるうちに笑顔を見せはじめ、自信を取り戻していきます。
笑福では、ずっと笑顔でいられる“心の健康”を大切にしています。
夫婦ではじめた美容と音楽の取り組みに重なるように、2021年から“アートレク”と呼ばれるアート活動の時間がスタートしました。中心となっているのは、元イラストレーターで介護スタッフの宮川さん。
「なるべく切ったり、貼ったりという単純な作業で、出来上がったものを見た時に心がはずむようなアートレクになるよう工夫しています。同じテーマで取り組んでも、それぞれの好みや個性が見える仕上がりになるので、『あなたの、綺麗ね』『あなたこそ、センスがいいわ』と、話もはずむんです」
体の機能が弱っている人も、工作が苦手な人も、いつの間にか作品づくりに没頭。家族にも「お母さん、こんなの作れるの!?」と驚かれ、やがてハサミで細かい作業ができるほど、体の機能が回復していることもあるそうです!
笑福の働き方はとても自由。スタッフは、本業や趣味、家族との時間を大切にしながら働いています。
「もともと病院で看護師をしていましたが、受け持つ患者さんの数が多くて、一人ひとりの方とじっくり向き合えないことにいつも葛藤がありました。笑福は定員20人と小規模で、スタッフも数人体制。何よりも、利用者さんがおしゃれで、髪型も綺麗で、みんなが笑顔。初めて見学に来た時、私もこのくらいの歳になったらこんなところに来たいな……と思ったんです」
そう話すのは、週2スタッフの看護師、井上さん。
「美容師としてアシスタント経験を積んでいましたが、断念してホテルのセラピストをしていました。でも、次第に子育てと両立できなくなって。そんな時に訪問美容師の仕事を知って“美容介護”に興味を持ち、調べるうちに笑福にたどり着きました。私にはアシスタント経験しかないけれど、マッサージの経験も活きて、利用者さんに気持ちよくなっていただけているのが嬉しいです」
そう話すのは、週3スタッフの美容師、宮古さん。
「私には介護職の経験がありますが、子どもに障害があり、働ける時間にも限りがあります。けれども笑福のことを知って、私の経験や想いだけで務まるかな? と、思い切って応募してみたんです。面接では私の事情や想いをじっくり聞いてくれて、一緒に働きましょう! と言ってくださいました。現在、時間を固定せず、入れる時に連絡をしてピンチヒッター役として入る、そんな働き方をしています」
そう話すのは、介護スタッフの中村さん。単発的な働き方でも、スタッフのライングループで日々の情報共有をしているので、久しぶりのシフトで戸惑うことはありません。
「これからは、介護サービスの受け手も、自分が受けたいサービスを選択していける時代になると思います。働くスタッフにとっても、自分の思いがかなう、個性や特技を活かせる職場でありたいと思っています。働く人が笑顔だから、利用者の皆さんも笑顔でいられると、そう信じています」と、山本さん。
美容、音楽、アート……心ときめくものに囲まれたデイサービス笑福がめざすのは、女性が心の内側から綺麗に、笑顔になれること。女性たちの笑顔は、家族やまちの誰かの笑顔につながり、豊かに広がっていくのかもしれません。
東京都府中市北山町3-25-1