好きなまちで仕事をする

好きなまちで仕事をする

音楽が好き。

学生時代から過ごした、思い出深い国立のまちが好き。

実家のある京都のまちも好き。

フリーの作曲家、そして音楽教室の先生として働く鶴田美音さんのはたらきかたは、そんな“好き”を全て実現させるものです。

国立の第一印象は、

小さな頃から音楽を学び、高校では理系を選択してぎりぎりまで進路を悩んだ後、国立音楽大学に進学した鶴田さん。やがて、ものごとを伝えるための一つのツールとして映像表現の分野に興味を持ち、映像音楽を学ぶために音大を中退して武蔵野美術大学に進学します。

「私の家族は、調布、東村山、立川など、多摩地域を好んで住居を移していました。初めて国立を訪れたのは、2歳下の弟が国立市内の中学校に入学したとき。家族で国立を散策しながら、なんとなく外国のような、素敵なまちだなと感じたことをよく覚えています」

鶴田さんは国立駅が最寄りの高校へ進学し、毎週のように国立へ遊びに訪れる学生時代を過ごします。武蔵野美術大学を卒業してからは、ミュージアムのインスタレーションやCM映像、アニメーションなどのBGMを幅広く手がけるフリーの作曲家として仕事をしながら、ジャズスクールのピアノ科や理論科に通い、国立市内の『No Trunks』でアルバイトもしていたそうです。

「ジャズダイニングの『No Trunks』はいつも一流のプレイヤーの演奏が流れていて、落ち着いた雰囲気やマスター夫妻のお人柄も大好きなお店です。国立は音大が近いためか音楽にまつわるお店も多くて、かつて『ガラス玉遊戯』という名前だった頃からたまに行っていた『名曲喫茶月草(平日はFLOWERS)』も好きなお店です」

現在、鶴田さんはパートナーの映像ディレクター、嶋津穂高さんとのクリエイティブユニット『MeMeM』の事務所を、国立駅近くに構えています。

「もともと2008年〜2011年まで国立に事務所を構えていて、親しくしている設計事務所の方々と三鷹の一軒家を事務所としてシェアするために一度は国立を離れましたが、2019年に戻ってきました」

鶴田さんにとって国立は、『離れても、また戻ってきたくなるまち』です。

また、制作の合間の息抜きについて伺うと、「昼食をつくること。映像に合わせる作曲は0.1秒単位でシーンの尺に合わせて制作するので、常に拍などの計算をしていて。料理は少し頭も使うので、ちょうどよく集中を保ちながら頭が休まります」とのこと。

クライアントとの打ち合わせのために都心に出かけることもありますが、大切なのは新しい音楽を生み出すときに、どれだけ自分自身をチューニングできる環境に身を置けるか。都心と郊外の中間にある国立は、五感を使うクリエイターにとって、仕事にもほどよいまちなのかもしれません。

作曲、だけでなく、

“演奏家はステージで演奏し、作曲家は曲を作り、ピアノの先生はまちの人にピアノを教えている”。
音楽にまつわる仕事について、そんな“分業制”のようなイメージを持っていた人も少なくないのではないでしょうか。

鶴田さんのはたらきかたは柔軟です。音楽の仕事を軸に、好きなまちで仕事をするため、ときには作曲だけでなく、作曲に使用するシンセサイザーの講師を引き受けたり、小さな子どもから70代の高齢者まで楽しく通える音楽教室を開いたり。国立では、谷保にある『畑の家』や、MeMeMアトリエでの音楽レッスンも行っています。

「私の音楽教室では、ピアノをはじめ作曲に使うシンセサイザー、DAWも使って、自分の思うままに音楽を体験します。4歳のお子さんが自分で曲を作ったり、70代の方の好きな曲の音源をもとに私が楽譜に起こして、一緒に弾いたりもします」

現在、鶴田さんのはたらきかたは、国立と京都の2つを拠点に展開しています。

「家族でもよく訪れていた京都のまちの雰囲気が好きで、数年前に実家も京都に引っ越しました。私も定期的に京都に通いたくて、関西のクライアントとつながりを作って一緒に仕事をしたり、ブライダルのピアノ演奏の仕事をしたりしています」

自分のスキルや感性を磨ける仕事を選び、そのスキルを使って自分の好きな場所で新しい仕事を創っていく。自分の“好き”の軸が決まれば、はたらきかたは自由自在なのかもしれません。

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※本コラムは、「国立人」と地域情報誌「国立歩記」の連動企画です。

「のびやかなはたらきかた」とは

人と仕事、人とまちとの間にあるものに焦点をあてたコラムです。

加藤 優 加藤 優

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