文化人が愛した街で暮らす贅沢

文化人が愛した街で暮らす贅沢

国立駅の南口から西友に向かって歩く途中、マクドナルドの手前の小径をちょっと入ると、そこだけ時間が止まったような不思議な空間があります。『ブランコ通り』と呼ばれるレトロ感あふれる街並み。よくある昔ながらのアーケード商店街とも違う小洒落た昭和がそのまま残っているこの通りには、趣のある興味深い店が何件もあります。

以前から“純喫茶巡り”が趣味だったこともあり、国立に移り住む前から『ロージナ茶房』の名前は何となく知っていました。創業は何と1954(昭和29)年。今から約70年近く前からこの地にある欧米スタイルの老舗カフェで、都内最古の喫茶店とも言われているのだとか。今でこそカフェの存在は珍しいものではありませんが、創業当時はきっと相当におしゃれな存在だったのではないかと想像がつきます。

木造の店内は1階と2階に席がありますが、ほとんどのお客さんは2階を利用しているようです。階段を上っていくと、使い込まれたテーブルとソファや椅子が不思議なバランスで並んでいます。歩くとミシミシする床も、ここまでくると趣と貫禄を与えるエッセンスに。歴史の重みを感じさせる貴重な空間です。

ここは作家やアーティストが足げく通った店としても有名で、特に忌野清志郎ファンからは“聖地”と呼ばれているほど。今でもポスターやゆかりの地を歩くマップなどが階段脇の壁に貼られています。そして、昔ながらの名物メニューもいっぱい。一橋大学の学生さんがお腹いっぱい食べられるように……という初代マスターの思いから、何を頼んでもとにかく大盛り。女性はお友だちとシェアすることをお勧めします。

そのお隣には、2008年に幕を閉じた老舗喫茶店『国立 邪宗門』が。荻窪や世田谷など、現在は全国に5店舗もある『邪宗門』グループ(チェーン店ではなく、のれん分けのようです)の起源となったお店ですが、創業者の名和孝年さん(かつては船乗りで、マジシャンだったそうです)が亡くなられた後に閉店となってしまいました。名和さんの経歴も魅力的。ここ、行ってみたかったなぁ。

老舗バーで会話に耳を傾ける日々に思いを馳せて

『ロージナ茶房』『国立 邪宗門』が並んだ角を曲がると、また古き良き時代の風情たっぷりの老舗バー『レッドトップ』の看板が。こちらは1959(昭和34)年の創業。オーセンティック(正統派)のスタンドバーとして営業を続けてきたお店です。

現在はコロナの影響で休業中ですが、時短営業をされているときに実は一度、足を運んでみたことがあるのです。初めてのお店で、しかも常連さんばかりの老舗バー。ドアを開けるには相当な勇気が必要でしたが、「その向こうに広がる世界を見てみたい……」という思いに背中を押され、思い切って中へ。少し緊張しながらスツールに腰かけると「あなた、この店は初めてだよね? よく来てくれたね」とマスターの岡本貞雄さんとバーテンの女性が笑顔で迎え入れてくれたのが、とても印象的でした。

しばらくすると、次々と現れる個性豊かな常連客の皆さん。会話に耳を傾けていると、出版関係に携わっていたという方が多い雰囲気です。「若い頃、都内の出版社に出入りしながらライター業をしていたんですよ」と少し自分の話したところ、すぐに会話の中に入れてもらえました。コースターには、富士見台団地に住んでいた漫画家の滝田ゆうさんが描いたイラストが使われていて、「あの人はね~」といった当時の興味深いお話も聞かせていただきました。

また同時期にこの店に足を運んでいたという、やはり国立在住だった作家の山口瞳さんのお話も。そう、ここはかつて“文化人”と呼ばれた人たちが夜な夜な集っていたお店。こういう話ってエッセーなどで読む機会はあっても、当時を知る人から直接、しかもお酒を飲みながら聴く機会など、願っても叶わないもの。なんて贅沢な時間なんだろう…。若い頃に憧れたまさに“大人の社交場”です。

しばらくして隣に座った男性が「学校で彫刻を教えている」といったお話をされていたので、「どちらの学校なんですか?」と尋ねてみると、何と娘が通っている武蔵野美術大学の彫刻学科の教授だったことがわかり意気投合。谷保村(今の国立市)出身の彫刻家 関頑亨(せきがんてい)さんのお弟子さんだったとのことで、「関さんにこの店に連れてこられてから、気が付けばもう40年以上、通っているんだよね……」とのこと。ホント、人にも店にも歴史あり……です。

山口瞳と向田邦子と国立

そういえば、向田邦子が書いた『阿修羅のごとく』に出てくる主人公の四姉妹の実家は、国立市内の古い一軒家という設定でした。彼女は荻窪周辺に住み、晩年は青山のマンションで暮らしていたので、この小説の舞台が国立だったと知ったときは「ちょっと意外だなぁ」と思っていましたが、山口瞳のことを調べてみると向田邦子とは仕事を通じて大変深い交友があったことがわかり、大いに納得。彼女の随筆や短編小説に惚れ込み、第83回直木賞に強く推薦したことが受賞のきっかけになったのだそうです。そんな関係から、きっと向田邦子は、山口瞳が暮らしていた国立にも、よく足を運んでいたのではないか……と勝手に妄想してみるのも、ファンならではの楽しみ方のひとつです。

ほんのひと時、楽しい時間を過ごせたこの場所も、残念ながら今は休業中。こうやって思い返してみても短い語らいながらとてもステキな時間だったと実感できます。仕事もテレワークで、会話を楽しむ場所も封印されてしまっている現在。改めて、人と人とが集い、時間を共有することの大切さについて深く考えさせられました。一日も早く、マスクなしで会話が楽しめる日常が戻ってくることを願ってやみません。それまで『レッドトップ』のマスター、どうかお元気で……。必ず、また行きます。

(書き手:小倉一恵/国立暮らし1年目)

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「国立暮らし1年目」とは

外から見たときと、内側から見たときのイメージは少し違います。そんな『国立暮らし1年目』だからこそ見えてくるものを綴るコラムです。

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